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更新日: 2021年9月3日

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杉浦佳子選手(C3クラス)インタビュー

自転車競技は静岡県、頑張るしかないでしょ!!

杉浦選手顔写真

杉浦佳子(すぎうらけいこ)C3クラス

2018年パラサイクリング世界選手権ロードレース優勝

2019年UCI(国際自転車競技連合)最優秀選手

2021年UCIパラサイクリング・ロード・ワールドカップ(オステンド)個人タイムトライアル20km第3位

掛川市出身

観ていただきたいのが、私たち障がいがある中での“タイム”

  • いよいよ8月後半パラサイクリングが行われます。注目ポイントを教えてください。

「まず、パラサイクリングですが、大きく分けるとトラックとロードに分かれています。

トラックの方は主に一人ずつ走るタイムトライアル系の競技がパラは多いのですが、そこで観ていただきたいのが、私たち皆障がいがある中での“タイム”。

おそらくトラック競技をやられている健常者の方々はそのような部分に注目していただけるのではないかなと思っています。

もちろん日本人選手もそうですが、障がいがあっても世界のトップはこんなに速いんだというのを観ていただけると、もっともっと自分も頑張ろうかなって、思ってくれる人が増えるんじゃないかと思います。

ビックリするようなタイムで障がい者たちが走るので、それを観ていただけたら良いのではないかなと思います。」

 

  • トラックとロード、違いで心掛けていることはありますか?

「自分としてはトラックは自分に向かないと思っていました。パワーが全然ないので自分はどちらかというとロードレースで長い時間の方が向いていると思っていました。トラック競技で短い時間の高強度(練習)をやることがロードにも繋がると言われて始めたところ、「トラック3000mだったらイケるんじゃない?」「金メダル獲れるよ」って言われて。

それを信じて、そして前コーチも「イケるよ、イケるよ」って(笑)言って下さったので、それを信じてやっています。

もちろんロードのためのトラック練習だったのですが、正直どっちも狙っていこうかと思っていました。」

杉浦選手メダル

 

  • 実際に世界チャンピオンになった経験がありますが、その時の印象、感想をお願いします。

「信じられなかったというのが・・・。」

 

  • それは、競技を始めてどれくらい?

「半年・・・。元々もちろん自転車は10年位は行っていて、パラの競技に転向してから半年という意味です。元々はトライアスロンを行っていて、3種目の中の1種目が自転車でした。

最初のベルギーのオステンドのW杯では、1位と2分位のタイム差があり「これはマズいぞ。日本代表なのに良いのか」と思いました。

帰国した時にコーチから「これ、頑張っていかないとマズいな」といわれ、私は本当は出るつもりもなかったのですが、日本代表として出るのであれば、生半可な気持ちで出るわけにはいかないと思いました。

そこから、次の大会に向けては自転車一本に絞って、練習量も増やしてやっていった時に世界選手権でした。世界選手権は「ビリだったら嫌だな」と思ってやっていたら、そしたら(金を)獲ったので・・・。」

スポーツってノンフィクション。人の心を動かすひとつ。

  • 2018年からロードの大会含め8戦7勝という素晴らしい成績を収めたわけですが、そこからしばらく海外と戦う機会を失ってしまいました。ただ、2021年5月に行われたオステント(ベルギー)の大会で3位になりました。久々の世界とのレースの感触は?

「そうですね。タイムトライアルしか出なかったのですが、自分としてはその時に自分の中の自己ベストを出していたので、今まで積み重ねてきたことが「あっ今日出た」というのは嬉しかったです。それでもアンナ選手には25秒の差が開いていました。

どのクラスも皆1位は(身体が)大きな人なので、その中でここまで食い込めたことは良かったんじゃないかということでコーチとしてはまずまずだったようです。トレーナーさんとしては、とにかく無事に帰ってきてくれれば良いといわれていました(笑)」2021年レースのメダル

 

  • 自分のレースの強みとは?

「自分では全く強みとは分からなかったのですが、今は飯島さんがとにかくデータで分析してくれて、練習もみてくださり、強みはとにかく“インターバル”だとなりました。

この前も250mを10本やった時に、普通だったら1本目が一番速くてどんどん遅くなっていくものなのに、休むと私は復活するので、タイムが変わらないかったです。1本目から10本目まで(笑)

それだけパワーが無いということもあるのですが、何回もそれをやられると、さすがにパワーのある人でもキツいと思います。2発、3発ならば私はそんなにパワーが元々ないので余裕だと思います。だけど、それが10本位あったら「これ、誰も付いてこれないんじゃない?」って思いました。強みはそれかな。これで作戦を作ろうっと。

ずーっとマイペースに走っていては、ロードレースだと後ろに付かれてしまいダメですが、何回もそうやってインターバルをかけてやっていくと、皆疲れて最後のスプリントは辛くなるのではないかなと。」

 

  • スポーツ自体が人に与える力とは、杉浦さん的に教えて下さい。

「ドラマってストーリーが作られているじゃないですか。

でもスポーツって本当にノンフィクション。でも本当にそれぞれがそれぞれの目標に向かって必死でやっている姿から、何故かみていて心を動かされるものがあるなって思います。

先日、同じ障がいを持っている方がパラのトライアスロンを完走したのを私も観て、なんだか泣けてきました。「ああ自分も頑張ろう」と思えたということがあります。感動って、人の心を動かすものの1つなのかなと思います。」

東京パラリンピックなのに、自転車は全部静岡県。頑張るしかないでしょ。

  • 最後に静岡県、ご自身も掛川出身ですが、地元でパラリンピックが行われる想い、あれば教えて下さい。

「静岡県で生まれて育ち、結婚で静岡を出て、そこから先、私の人生の分岐点は全て静岡県が関わっています。

障がいを負ったのも2016年の静岡県のレースで転倒して運ばれて、その病院も静岡県で、その後は障がい者となり・・・。

障がい者となってからは、パラサイクリングを紹介して下さった方々がいました。その時、静岡県のサイクルスポーツセンター、ベロドロームに見学に行きました。でも、一回お断りしているんですよ。

元々趣味で自転車に乗っていただけですし、元々障がいも大してないので、と。だた、そこにいたパラのトレーナーさんが、私が入院していた病院の理学療法士さんで「いや、(障がいが)ないとか言っているけど、あるから」と言われて(笑)

そして再度、半年後位に合宿に来てみないか、練習相手になってくれないか、一緒に皆で走りませんかというお誘いがあって「あっじゃあ一緒に走ってみます」と言いました。

私は石井選手に憧れていて、同じ障がいがあっても自転車に乗れる方なので、乗り方を教えてもらおうと思って行ってみたら、何故か契約書とかがあってサインをし、その場所も静岡県でした。

そしてまさかの東京パラリンピックなのに、このパラサイクリングだけがスタートもゴールもトラックもロードも”全部静岡県”という。これはもう頑張るしかないでしょう!

ありがたいことに、県知事から静岡県の障がい者支援協会の方など、皆さんが応援して下さって、更に静岡県で自転車を広めたいと言って下さって、プロチームまで出来て。

これは、サッカーの国静岡県、と同じく自転車の国。全日本チャンピオンにも静岡県の人がいるし。ベロドロームもあるんだから自転車に興味を持っていただいて、プロを応援してもらいつつ、プロを観て育つ自転車選手のお子さんや、障がい者も自転車に乗ってもらいたい。「私でもイケたんですよ」若い人だったら、今からやれば伸びるから、今、若い障がい者はやるべきです。

県や皆さんが盛り上げてくれて、こんなに走り易い道路とかも揃っているし、海沿いは風が強くて、そういうところを走っていれば強くなる。ちょっと交通が不便だとみんな自転車で移動する(笑)」

杉浦選手

 

  • 県民へのメッセージを

「静岡県でもコロナの影響で苦労されている方がたくさんいらっしゃると思います。そのような中で、もし開催されるとしたら本当に感謝したいと思います。

そしてお願いがあって、今こういう状況だから海外の選手と触れ合う機会はなかなか無いと思います。それでも遠くからでも声を掛けていただきたい。もし見かけたら。というのは私も他の国にいったら、声を掛けてもらえるのが嬉しくて、一度パラリンピックをやったという場所は「また来たい」ときっと思えるようになると思います。

「自分も走って選手とのタイムと比べたい、映像で映った場所を走りたい」って思う人がいると思います。

ですから、是非、オリパラが終わった後も、ここで自転車で走りたいと思えるような場所にしていただきたいです。観光客も増えると思いますし。

オリパラコースでのW杯など開かれたら素敵だなと思います。そういった将来の静岡を考えて、オリパラを観ていただけたら嬉しいかなと思います。」

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杉浦選手のインタビュー動画です。