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更新日: 2021年7月7日

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沖美穂さん、ロードレースの魅力を教えてください!

「とにかく自転車レースは観ないと面白さがわからない、気軽に観て」

沖美穂:元自転車ロードレース選手。シドニー、アテネ、北京と3大会連続オリンピック出場。現在は、JKA自転車競技振興室で更新の育成や競技の普及に取り組んでいる。

ロードレースについて「ロードレースは地域密着型」

  • 沖さん自転車競技の魅力、ロードレースの魅力について初心者にもわかる様に教えてください。

「どの種目も日本人選手を見て、応援すると良いと思います。

ロードレースだとチームプレーなのですが、普段はプロチームで一緒に走っている選手たちを見分ける手段として、服が違っても自転車が一緒です。

チームプレーが分からなければ、食べながら走っているところとか見てもらうとよいと思います。

また、ロードレースは地域密着型です。ロードレースを実施することは、開催地の情報を世界に発信するチャンスでもあります。そこがロードレースの魅力でもあると思います。今回は静岡の良さを世界に発信できる良い機会になるはずです。」

 

  • ロードレースののポイントをさらにお願いします。

「観戦するポイントはたくさんありますが、絶対に選手に触らないこと(笑)

観て楽しむポイントとしては風を浴びることですかね。一瞬で過ぎ去っていってしまいますが自転車競技でないと感じることの出来ない風を感じて欲しいです。あと、太ももに塗っているオイルの香りでしょうか。

観戦するとしたら周回するところ、何度も通るところですね。小山町の冨士霊園や富士スピードウェイ辺りですね。あとは緩やかな見通しの良い上りです。でも、一番は富士スピードウェイだと思います。日本の選手ととオレンジのジャージを着ているのオランダの選手の動きを見ていると、女子の場合は面白いかなと思います。」

注:沿道での観戦可否については、現段階では未定(6月末)

 

  • オリンピックの展望を教えてください。

「道志みちから山中湖まで1000m上るんですよね。選手は観れないと思いますが、山中湖からは富士山が絶景だと思います。そこは映像における観戦ポイントですね。山中湖から籠坂峠を通って須走にいくのですが、この道志みちから山中湖、籠坂峠で勝負が決まると思います。なんとなく集団が小さくなると思います」

女子ロード

  • 日本人選手はどうでしょうか?

「輿那嶺さんはいけるんじゃないでしょうか。女子は67人しか出れません。1国4人が最大枠となっています。その4人を送り込めるのは5か国しかないんです。オーストラリア、ドイツ、オランダ、アメリカ、イタリアです。どう考えてもオランダがすごく強いです。ずっと世界大会で勝ち続けていますし、今シリーズもほぼほぼオランダ勢がワールドツアーで活躍しています。おそらくオランダ勢の動きを見てついていけばいけるんじゃないかと思います。

有力国5か国のエースの動きをきちっと見極めていけば最後まで残れると思います。むちゃくちゃきついと思いますけどね。彼女たちは、足がちょっと違う感じがします。山でのアタックとかギアのかけ方とか見ると凄いですよ。」

 

  • 選手からここが凄いとお勧め出来る点は?

「スピードですね。あとはロード選手はスタイルが良くて美しい選手が多いです。均整のとれた筋肉というか肉体美ですね。」

日本人が過去の五輪でメダルを獲ったのはたったの4回

  • 元選手だからこその自転車にまつわるトピックを教えて下さい

「ロードだと、自転車の重量が6.8kg。これ以上軽いと失格になります。

トラック競技の自転車はブレーキが付いていません。

自転車競技で日本人が過去の五輪でメダルを獲ったのはたったの4回です。しかも獲ったのはトラック競技のみです。坂本勉さんのスプリント銅メダル、十文字さんのアトランタ五輪1km銅メダル、アテネのチームスプリント、北京のケイリン、今までそれだけなんです。

ただ、今回はトラックに限らずメダルを獲れそうです。

1896年の最初のオリンピックから自転車ロードレースはやっています。女子は1984年のロス五輪から始まりました。女子のロードは40年近く実施されていますが、日本人選手はこれまで8人しか出ていません。」

 

  • 自転車競技のスピードの最高は?

「下りだと80km近く出ますね。怖いと思ったら走れません。ただ時速80kmは長くてまっすぐな下りじゃないと出ないロードレース標高ですね。平地だとゴールが近ければ60km近くは出ると思います。」

 

  • 東京大会後も静岡県でレースが行われると思いますが、県民に観戦のアドバイスを

「とにかく、自転車レースは観ないと面白さは分からないので、気軽に観に来てもらえればと思います。」

 

  • (コロナ終息後)今後レースを見るとき、お勧めの掛け声などありますか?

「「頑張れー」じゃないでしょうか。皆が応援してくれると、選手は声が聞こえていますから嬉しいです。特に登りでは全部聞こえますし「ボソっといった悪口」とかも聞こえています(笑)

「頑張れ」と言われると頑張れてしまいます。ですから、一人で走っているより、周りの人たちが支えてくれる部分がロードレースにはあるので、応援してもらえることは大事なことだと思います。」

 

風や、選手が脚に塗ったオイルの匂いとか(雨の日だったら暖かくなるオイルとか)を感じてください。

  • 現役の時も感じていましたか?

「はい。私は観客がいてくれる方が良いですし、いればいるほどウキウキしてくるというか、楽しくなってしまう、良いところを見せたくなってしまう、といった感じでした。

だから是非レースに足を運んで、風や、選手が脚に塗ったオイルの匂いとか(雨の日だったら暖かくなるオイルとか)を感じてください。あとは補給ゾーンなどで捨てられる選手たちのボトルを集めたりだとか、綺麗に洗わないとダメですよ(笑)、サコッシュ(補給食袋)を拾ったり、そういう楽しみもあります。でも資金力に劣るチームは捨てないです(笑)」

 

  • オリンピックでは、裾野市のライブサイトでお話されますよね?

「楽しく皆さんとやっていけたらと思っています。専門的な話は少なくして、初めて観る方も楽しめるようにお伝え出来ればと思っています。」

 

  • より多くの人に自転車に興味を持ってもらうためにはどうしたらよいでしょうか?

「子供に乗って欲しいですね。子どもの頃はストライダーや三輪車などに必ず乗ると思いますが、大人になったら乗らなくなりますよね。小さい頃から慣れ親しんだ乗り物だと思うので、そのまま競技に繋がって欲しいです。

またそのような場所が静岡には作ろうと思えば作れる場所がたくさんあって、そこをもっと子供たちが集まれるような場所にしてもらいたいです。

最近たくさん道の駅などで女性も見るので、そのまま自転車を続けて欲しいです。美容と健康にも良いですからね。遊び方が分からないかもしれませんが、パンプトラックとか、家族が一緒に楽しめる場所を作ってもらいたいです。フランスには公園があれば必ず自転車で遊べる場所があるそうです。」

沖美穂さん自身について「弱い自分を見せない」

  • 沖美穂さん、ご自身について教えて下さい。

「私が、自転車競技を始めたのは21歳の時です。元々スピードスケートをやっていたのですが、自転車競技にそのとき転向しました。そのきっかけは橋本聖子さんです。橋本さんがスピードスケートの選手から自転車に転向した時に、群馬でエキシビジョンレースがあり、それを応援しにいったのがきっかけで転向しました。自転車界に入ったのは橋本聖子さんを頼ってです。

私は、身長が橋本聖子さんと全く一緒ですので、橋本聖子さんの自転車をお借りして始めました。環境を見てみなさいということで、実際1週間一緒に練習をさせていただきました。ちょうど、アトランタオリンピックの前、政治家として選挙に出ますという時期でした。」

激しく練習している、それほど練習をたくさんしないといけないんだな

  • そのとき、精神的な部分を教わったのですか?

「習ったというよりは見た、という感じですね。橋本さんは、物凄い練習量でした。

倒れるまでトレーニングしていました。朝は2時間ほどのロードワーク、その後、トラックに入り、3000mを8本、インターバルで行っていました。その後に倒れこみながらウェイトトレーニングを行い、ローラーに乗って一日を終える。それを1週間ほど見ました。

激しく練習している、それほど練習をたくさんしないといけないんだなという植え付けでした。ですから、私は、練習量について多いと思ったことは一回も無いです。(橋本聖子さんを)見ているので、それが普通なのかなと思っていました。」

 

  • 橋本聖子さんの周りに有力選手が近くにいますね

「武田豊樹(元スピードスケート選手)さんは橋本聖子さんの秘書のようなことをされていましたし、橋本聖子さん伝いでオーストラリアのアデレードで自転車のトレーニングを始めたようです。清水宏保さん(元スピードスケート選手)と私は小学校から同級生でした。武田君は小学校の時に同じ地区に住んでいたので、毎週末、シーズン中は大会などで会っていましたね。」

オリンピックはそんなに遠くない、遠いけれど、身近な人がオリンピックに行っているという状況

  • そんなにたくさんオリンピアンが周りにいる環境はなかなか無いですよね。

「小さい時からスケートの世界でオリンピックに行く方って北海道出身だったり、群馬県の嬬恋村の方、例えば黒岩さんでしたり、身近にオリンピックの選手が居たという環境でした。だから、オリンピックはそんなに遠くない、遠いけれど、身近な人がオリンピックに行っているという状況でした。だからこそ、小学校の頃にオリンピックに出たいという目標をもち、夢としていました。」

 

  • オリンピックに3回出場されています。一番嬉しかった思い出は?

「子供の時からの夢が叶ったっていうのは凄く嬉しかったです。また、オリンピックを通じて世界の人と繋がったり、彼らの考え方を見れたり、色んな景色、場所にいったりするチャンスが生まれたことが良かったです。」

 

  • 辛かったことは?

「それほどありません。もちろん練習やレースで辛いということはありましたが、そこは選手として当たり前と。全く苦ではなかったです。

辛かったことと言えば、オリンピックに行くまでです。どうやったらいけるのかなと模索している自分がきつかったですね。

今だから言えることですが。一番最初のオリンピック、シドニーに出場した時は、アジア選手権で優勝したんです。その時のルールが、優勝した国に一枠与えられる、ということでしたので、行けました。

ただ、そこまでに辿り着くまで、どうやったらオリンピックに行けるのかなって分かるまでが辛かったですね。練習をしているのに現実が見えない時が一番つらかったですね。スピードスケートでオリンピックに出られなかったということもありました。」

日本でいうと「謙遜」は美学ですが、海外でいったら「ウソつき」

  • では2回目のオリンピック出場からは辛くなかったのですか?

「一回オリンピックに出て、どんな人たちが走っていて、どういう状況なのかというのが、わかるようになりました。その後の、アテネ、北京ではわかっていたので、シドニーからアテネの4年間では、どういうルールでどのようにすればオリンピックに行けるのかというのが、わかっていました。あと、自分の立ち位置で行けるなっていうのは分かっていましたので、行くことに対しての不安は無かったですね。

ただ、どのようにして戦っていくかとかが難しく、海外のチームに所属していたので、自分中心、エースになって走ることはとても少ない状況でした。

私は、当時ヨーロッパのチームに所属して走っていました。イタリアのチームにいたときは、イタリア人が主体のチームであればイタリア人をサポートするレースが多く、どうしても自分が主体になれるレースというのは限りなく少なかったです。

じゃあ、どうすればエースになれるのかということを考え、レースの結果だけではなくて、普段からのチーム関係者との付き合い方とか、会社と一緒で人間関係がとても大事でした。

そこでもいろいろ学びました。自分の意見を言わない、待っていたら置いていかれるし、レースにも出られないという経験もしました。

日本でいうと「謙遜」は美学ですが、海外でいったら「ウソつき」って言われました。自分の思いを正直に言わないということ。「あなた強いですよねー」「いや、そんなことないです」というのは、イコール自信がないということでした。「自分は強いです。ありがとうございます。次も頑張ります」という前向きには捉えられない、ということがとても勉強になりましたね。

 

  • 最初は謙虚だったのですね

謙虚で「強いよね~」と言われたら「いやあ、そんなことない」と言っていました。

「そういう気持ちでいるなら、他にいっぱい選手がいるから、あなたは大会に出なくて良いよ」と言われてオランダでは大事な大会から外されました。

 

  • それで段々と自分のマインドが海外で戦える仕様になっていったのですか?

「当時は世界の3本の指に入る大きなファームフリッツというスポンサーさんが付いたチームに所属していました。私はチームの監督さんに毎日「I’m Strong」と言えと言われ、皆の前で言わされました。言わされていたのが、後々、「今日も強いよ」みたいなことが抵抗なく言えるようになりました。そのようにマインドを変えていかないとやっていけない世界ですね。

日本だと「私、私」って出ていったらうるさいと思われるかもしれないですけど、そういうやる気をみせないといけない世界でした。」

 

  • 選手だからこそ頑張っていたことは?

「それ程ありません。

でも、意味は違うかもしれないですが、頑張っていました。

日本から海外に行って、多分日本にいた方は「沖さんて強いし、メンタルも強くて」と思われていたかもしれないですが、弱い自分を見せない、言わない、というところを頑張っていました。選手時代は、自分のイメージ作りをやっていました。」

 

  • それってやっぱり辛いですか?

「辛いです。だって違うことが多いですから。」

 

  • それはやはりさらけ出すという事にはならないものですか?

「言ったら、負け犬みたいな感じがして、「帰ってこい」とか心配されるのも嫌でしたので。順調にやっているように見せていました。結果だけ見せる感じですよね。愚痴はこぼさなかったです。」

「沖さんはちょっと違う」と思ってもらえば、スタート地点に立った時にそこで「勝てるな」

  • 今の若いアスリートってSNSなどでそういう弱い部分を見せることもあるかと思いますが、沖さんとしてその辺りはどう思いますか?

「その人のやり方で良いんじゃないでしょうか。

私の場合は、「それ」を言ってしまうと、とめどなく出てきてしまいそうだから、そこは「グっ」と押さえているのと、押さえているからこそ頑張れるという感じでした。口に出していたらダメだったと思います。負けず嫌いだったので、そういうところは出したくないという、格好付けていたのかもしれません。

それが良いのか悪いのかわかりませんが、自分は強い人みたいに見られていました。日本にいる選手にも「沖さんはちょっと違う」と思ってもらえれば、日本のレースでスタート地点に立った時にも、そこで「勝てるな」と思っていました。そういう心理作戦でしたね。だから余計なことは喋らなかったです。今はめっちゃ喋りますが(笑)

余計なことは喋らない、弱いところは見せないという部分を心掛けていました。だからちょっと怖いイメージでしたよね。」

 

  • それってどんどん孤独になっていきませんか?

「海外のオリンピックチャンピオンなどに聞いたのですが、強くなればなるほど孤独になるそうです。コーチ等は別ですが、チームメートで相談出来る人も減ってきますし、強くなってくると自分で考えてやっていかなければならないくなります。そうなれば自分が強くなったという証拠です。自分で自分自身をみつめて、答えを導き出していかないと、最後勝負するのは自分であり、コーチではないって言われていました。」

 

  • 大会社の社長みたいですね

「強くなれば孤独にはなるようです。弱い時は皆と一緒に遊べたり、話したり出来るのですが、ちょっとずつ強くなるにつれ、自分の遊びたいパーティーにも行けなくなり、睡眠時間が大事になり、栄養をきちんと取らなければならなくなります。自転車中心の生活になり、制限が絶対に出てくるんですね。周りの扱いも自然とそのような形になりますし、自分も勝ち続けたいと思うようになります。強い自分でいたいと。

弱いと辛いだけじゃないですか、いつも後ろで走らなければならない。前方がどういう展開になっているかもわからず、ただゴールして、何もない。疲れたといったような感じで終わる。遅いと、人より長い時間を走ることにもなります。速い人は一番短い時間でレースが終わりますから。疲れて人より長い時間走って、展開も分からず、時には右も左も分からず山の中を一人で走って「私何してんだろ」ってなりませんか?途中でコーヒーとかサンドイッチを食べ景色を眺めながら自転車を楽しめれば良いですが、レースではそうはならないので、絶対に集団の前で走ることを選手として準備をしていました。」

 

  • そのイメージ作りについてですが、人によって使い分けなどしていましたか?

「使い分けしていました。スポンサーさん、家族、自分の周りの人たちには凄い喋りまくってましたね(笑)一番話しかけていたのは母親。レースについて良くわかっていないし、話は絶対外に漏れないので。愚痴や不安をこぼしていましたね。一人で海外に行って、言葉も全部通じるわけではないし、どこの国に行ってもネイティブではないし、しかもネットがそれほどでもない時代(WiFiもない)だったので、頑張って電話線で繋ぐような(笑)感じでした。」

オリンピックに出てメダルよりも、人との繋がりが素晴らしい

  • 沖さん自身、夢を叶えたということですが、その先で見ているものは?沖美穂さん

「夢を叶えたら、その先が見えてきました。私はオリンピックに出場することがもともと夢でした。

でもオリンピックに出てメダルよりも、人との繋がりが素晴らしいなと感じました。それぞれ生まれた地や文化が違いますが、同じルールで同じ競技で様々な国の人と切磋琢磨できました。その後も仲間のような感じで交流出来るというのが、スポーツの凄さだと感じました。

自転車に乗っていなければ色んな国の人と喋ることもなければ、知ることも出来なかったし、視野が凄く広がりました。日本いただけだったら自分の至らなさ、小ささに気付かなかったと思います。世界に出て「何小さいこと言ってたんだろう」と思うことがたくさんあり、世界と戦うには「どうでも良い、そんな小さいこと」と思うようになり自分のやれることに純粋に集中出来たと思います。人としての器が広がったなと思います。

言葉にしても、各国のちょっとした言葉を知る、言葉が通じなくても通じ合える状況とか、心と心で通じ合えるのは素晴らしいです。全然知らない人が助けてもくれますし、非日常的なことが日常だったということが、特別だったと思います。選手生活はそんな感じでした。

嫌なこと、辞めたいと思ったこともありましたが、それより、スポーツを通じて人間性を高められる、人に感動を与えられる影響力というのはすごいと思います。気持ちを熱くさせてもらえるのがスポーツであり、普通のサラリーマンでは出来ないのではと思います。だからこそ惹かれるし、応援したいと感じます。

自分が出来ないことをやり遂げているからこそ、スポーツ選手の発信する言葉は説得力のある言葉になります。スポーツの力というのは目に見えないけど、人が感じやすい影響力があると思います。」

今のお仕事について

  • 現在のお仕事は?

「仕事については、公益財団法人JKAが進める競技者の拡大や競技振興の業務としています。東京五輪を控えた今は、代表選手の広報の調整などに携わっています。」

 

  • 全体的にはどういった仕事なのでしょうか?

「競技者の拡大、ガールズサテライトキャンプ、助成事業の方で色々な事業をやっている方に普及してもらえるよう取り組んでいます。」