ホーム > ふじのくにスポーツカフェを開催しました(3月20日)

更新日: 2021年3月25日

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第3回ふじのくにスポーツカフェレポート(浜松市開催)

3月20日(土曜日)に、浜松市のLOLO3RDCAFEにて、第3回ふじのくにスポーツカフェが開催されました。

今回はパラリンピック北京大会水泳金メダリストの鈴木孝幸選手をゲストにお呼びし、ふじのくにスポーツサポーター「Shizu9」の久保ひとみさんの進行により、笑いに包まれたトークショーとなりました。

会場の様子、トーク内容を編集部がレポートします!

スポーツカフェ

鈴木孝幸選手について

1987年浜松市生まれ。水泳選手。生まれた時から両足と右手がなく、左手にも障がいがある。

小学校から水泳を始め、高校で本格的に競技水泳に取り組み、高校3年生で日本代表としてアテネパラリンピックに出場。4×50mリレーで銀メダルを獲得した。北京パラリンピックでは、50m平泳ぎで金メダルを獲得する。予選では世界記録も打ち立てる。ロンドンパラリンピックでは、150m個人メドレーなどで銅メダルを獲得。リオデジャネイロパラリンピックでは、入賞を果たしている。パラリンピックは4大会に連続出場。

2021年3月7日に行われた日本パラ水泳選手権大会では、100m自由形で大会新記録を出している。

トークショーの様子

久保ひとみさんの進行で始まったトークショーでは、序盤は地元浜松市のラーメン屋さんの話などで話が弾みました。

鈴木選手と久保さん

鈴木選手が水泳選手になるまで

鈴木選手は小学生の時に、障がい者のスイミングクラブに入り、水泳を遊びの中で学び始めました。しかし、中学生の時は吹奏楽に興味を持ち、水泳をやめてしまいます。高校生の時に水泳を再開し、高校3年生の時に開催されたアテネパラリンピックのリレーでメダルを獲得します。

ロンドンでの活動

2013年以降はロンドンで生活をされています。重度の障害の選手がイギリスでは活躍されているとのことです。

鈴木選手の拠点となっているニューカッスルは、おおらかな人が多い土地とのこと。最初の年はホームステイしており、慣れないイギリスの食事に苦労されたそうです。苦労した食事の中では、ラム肉のミントソースがけがおいしかったとのこと。2年目以降は寮に入り、自炊を始めたそうです。

表彰台の秘密

表彰台の選手が立つ高さが、ロンドン大会以降、金メダルも、銀メダルも、銅メダルも同じ高さになってしまったことが「面白くない」と語ります。映像では映らない、表彰台に立った選手ならではの秘密も教えてもらいました。

コロナ禍による影響

1年延期の影響はかなり大変とのこと。大会に向けたトレーニングは、パラリンピックの1年前からハードなメニューに代わってくるとのことです。ハードトレーニングが、1年だけでよかったものが、2年間も続けなければならない、という状態でしんどいと嘆いていました。

緊急事態宣言中は、プールも閉鎖に追い込まれ、泳ぐことができない状態に陥りました。

そのような中でも、鈴木選手はうまくこの期間をリフレッシュにあてたようです。大学院の論文を書いたり、楽器や趣味の将棋(初段だそうです!)を楽しみ、リフレッシュしてプールに戻ってきました。

目指すところ

今後の予定としては、5月にパラリンピックに向けた選考会が行われます。パラリンピック出場には、派遣標準記録を突破することが必要となります。

鈴木選手が目指すところは、パラリンピックに出場して、金メダルを獲得すること。そして、地元浜松にメダルを持って帰ってくることです。

両足と右手がない鈴木選手ですが、自炊も行い、楽器も弾きます。「障がいがあり、手がかかりそうに見えると思いますが、私は全然手がかからないんですよ」と鈴木選手がお話しされました。

記念撮影の様子

編集部より

4大会連続出場ですが「ベテラン」と呼ばれるのが、嫌な鈴木選手。4回も出場していると、プレッシャーもあまり感じないというあたり、さすが「ベテラン」の域。5大会連続出場、そして金メダルを取っての凱旋に期待が高まります。鈴木選手、応援しています。

ちなみに、嫌いな食べ物はピーマンだとこっそり教えてくれました。